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最高裁判所大法廷 昭和26年(オ)799号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由第一点、第三点及び第四点について。

所論はいずれも原審が保険業法(以下単に法と略称する。)一〇条三項の解釈を誤つたものであると主張するに帰する。

しかし、保険契約関係は、同一の危険の下に立つ多数人が団体を構成し、その構成員の何人かにつき危険の発生した場合、その損失を構成員が共同してこれを充足するといういわゆる危険団体的性質を有するものであり、従つて保険契約関係は、これを構成する多数の契約関係を個々独立的に観察するのみでは足らず、多数の契約関係が、前記危険充足の関係においては互に関連性を有するいわゆる危険団体的性質を有するものであることを前提としてその法律的性質を考えなければならないのである。そしてこのことは、所論のように、損害保険契約に付てのみではなく本件のごとき生命保険契約についても妥当するものというべきである。法一〇条三項は保険契約関係のこのような特質に鑑み設けられた規定であつて、同条項にいわゆる「保険契約者、被保険者又ハ保険金額ヲ受取ルベキ者ノ利益」というのは、保険契約関係の前記の特質に照らし、保険契約者、被保険者、保険金額を受け取るべき者の立場を全体的に考察した上で、これらの者の利益の有無を判断すべきものといわなければならない。それ故同条項による既存契約の保険料の増額は、単に当該契約を個々的に観念すれば、一見不利益のごとくであつても、保険事業の維持経営の破たんを救う道が、保険料の増額以外には存在しないと主務大臣が認めて法一〇条三項の処分をした本件のような場合において、若しそれをしないがため、保険経済の破たんを来たし、保険金の受領さえ不可能な状態になるとすれば、保険料の増額による不利益以上の不利益を蒙むることにもなるのであつて、このような場合における既存契約の保険料の増額は、結局は契約者等の利益を確保する所以であり、また、新契約と既存の契約との間に負担の衡平を期することができて保険契約関係の前述のような特質にも合致する所以であるというべく、法一〇条三項は、このような見地から保険料の増額を、同条項の設けられる以前の契約者をも含めて、既存の契約に及ぼしうることとし、これを主務大臣の処分に委任した趣旨と解するを相当とする。これに反する所論は採るを得ない。

また、法一〇条三項の規定は、主務大臣が同条項の処分を必要と認めてなした上これを保険会社に告知した場合においては、特に各個の契約者に対する告知がなくとも、既存の契約につき、その変更の効力の及ぶものとなしうる形成的効力を附与した趣旨の規定と解するを相当とし、これと反する所論は採るを得ない。(右処分が既存契約内容を変更するものである以上、関係の契約者にその内容を知らしめることを相当とするものであり、同条四項は、これを保険会社をして公告せしめることとしているが、右公告は、法一〇条三項の主務大臣の処分の効力の発生とは直接の関係はない。)

なお所論は、原審が法律関係に無関係の経済関係により法律関係を判断したものであると非難するが、原審の是認した第一審判決は、保険契約関係の法的性質を説明するにつき、その経済的性質に言及して必要な説示を試みたものであつてもとより正当であり、所論の違法は認められない。

されば、以上説示したところと異なる所論を前提とし、本件主務大臣の処分を法一〇条三項に違反し無効であるとする論旨は、すべて理由がない。

同第二点について

法一〇条三項による本件主務大臣の処分が、各個の契約者に対し告知されていないことは所論のとおりであるが、右主務大臣の処分は形成的処分であつて、それが保険会社に告知されたとき効力を発生するものというべく、所論のように、個々の契約者に対する主務大臣の告知は右効力発生には必ずしも必要ではないこと、及び同条四項による公告が、本件主務大臣の処分の効力発生に直接の関係のないものであることは、前記第一点、第三点及び第四点に対する説示中に述べたとおりである。それ故、同条四項の公告が、仮に所論のようなものであつたとしても、これをもつて本件処分を無効であるとすることはできない。所論は採るを得ない。

同第五点について。

法一〇条三項の明文によれば、主務大臣が同条項の処分をなすには、保険契約者等の利益を保護するため特に必要ありと認めた場合に限定せられ、その処分の範囲も同条一項に掲げられた一定の書類に定めた事項を変更することに限定せられていることは明瞭であり、その認可をなすについては、保険数理上合理的な一定の限界が存するものであつて、従つて同条項が、その処分を主務大臣に委任するにつき客観的に定まりうるような一定の限度を定めたものであり、保険料の増額についても同様であることは、原審の是認した第一審判決の説示するとおりである。それ故、同条項が何ら限度を定めたものでないことを前提として、保険料の増額を主務大臣の処分に委任したものではないと主張する所論は、前提を欠くものであつて採るを得ない。

同第六点について。

所論は、法一〇条三項を原審のように解するならば、同条項は旧憲法二七条及び新憲法前文、二九条等に違反するというのである。

しかし、法律が旧憲法に違反するか否かの実質的審査権は、旧憲法下においては、裁判所に属していなかつたものと解せられ、新憲法施行後においても、旧憲法下に発せられた法律が旧憲法に反するか否かを実質的に審査する権限は、憲法八一条によつても、裁判所に認められていないと解すべきである。それ故、法一〇条三項が旧憲法に違反するとの所論については、当裁判所は判断を与えない。

次に新憲法施行後においては、憲法八一条により、裁判所は法律(旧憲法下において発せられたものを含む)が、新憲法に違反するか否かの実質的審査権を認められるに至つたが、所論は法一〇条三項が新憲法二九条に違反し、同九八条により無効であると主張するから、この点につき次のごとく判断する。即ち論旨は、法一〇条三項が、一定の限度を示さないで、同条項の処分を主務大臣に委任したものであることを前提として、法律の定めるところによらず、財産権を制限するものであるから違憲であるというのであるが、右条項が一定の限度を定めたものであることは、前記第五点に対する説示において述べたとおりであつて、違憲の論旨は前提を欠き採るを得ない。

よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官藤田八郎、同入江俊郎、同河村大助、同奥野健一の上告理由第六点についての補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官藤田八郎の補足意見は次のとおりである。

法律が旧憲法に違反するか否かの実質的審査権は、新憲法八一条によつても、裁判所に認められていないとする判断については多数意見に同調する。

論旨は、さらに「若し法一〇条三項が既存の契約につき将来に向つて保険料を一方的に増額する権限を主務大臣に附与する趣旨を含むとするならば、その限度において同項は新憲法二九条にも違反し、同法前文一項後段、九八条に依り当然無効であつて、新憲法施行後、現実に生ずべき保険料については勿論、その前の保険料についてもその適用を排除すべきである」と主張する。

しかし、本件保険料増額の基礎となつた主務大臣の処分は、旧憲法当時においてなされ、その当時において完了したことは原判決の確定するところである。しかして、行政処分が法規に違反するが故に無効であるかどうかの判断はその処分が為された当時の法規を基準として決すべきものであることは当裁判所屡次の判例の示すところであり、しかも、処分当時の旧憲法に照して本件処分が違憲無効であるかどうかの判断については、裁判所にその権限のないこと前段説示のとおりである以上、裁判所としてはこれを合憲有効とするの前提に立たざるを得ないのであつてその処分完結後に施行された新憲法に照してその処分が違憲なりや否やは判断の余地なきものといわなければならない。論旨が法一〇条三項自体の新憲法二九条違反を主張する所以は、結局、本訴において同項にもとづいて為された本件主務大臣の処分の無効を主張せんがために、その基準法たる同条同項の違憲無効を主張するに外ならぬのであつて、右処分が旧憲法当時完了し、新憲法に照しその有効無効を決する余地なしとする以上、法一〇条三項の法規自体の新憲法違反の主張も、本件においてこれが判断の要ないものというべきである。新憲法下において、同条同項にもとづいて、本件のごとき処分の為された場合を仮定すれば、かかる処分が果して新憲法二九条の法意に背反するところないかどうかは相当問題であるけれども。

なお、所論は、新憲法施行後に生じた保険料支払債務の不存在をも主張するのであるが、かかる債務の存続は前示処分によつて発生する法律上の効果に過ぎないのであつて、その効果発生の原因たる行政処分の違憲無効を判断する余地なしとする以上、そして、その効果自体が新憲法と相容れない性質のものでない限り-本件において、右処分の法律上の効果たる保険料の支払は単なる金銭債務であつて、その債務自体が性質上新憲法と相容れないものでないことは勿論であるから、所論のように右保険料債務の存在を否定することはできないのである。

以上の理由により論旨第六点はその理由なきものと思料する。

裁判官河村大助の補足意見は次のとおりである。

わたくしは左記理由を附加して藤田裁判官の意見に同調する。

新憲法九八条は、法律不遡及の原則に対する例外を認めてはいないから、新憲法は旧憲法時代に成立した本件の行政処分に遡及適用されないものと謂わなければならない。すなわち、本件行政処分に基き設定された個人の権利義務はたとえ新憲法時代にまたがり存続するに至つたとしても旧法時代に形成された法律秩序であり、かつ確定した権利義務であるから新法不遡及の一般原則に基き新法を遡及適用することは許されないものと解するを相当とする。蓋し不遡及の原則は既に成立した状態に安定性を与え既存の権利義務を動揺させないことを本旨とするものだからである。

裁判官入江俊郎の補足意見は次のとおりである。

一、本件主務大臣の処分は旧憲法下においてなされ、その法律上の効果は旧憲法下において既に有効に発生、確定したものであるから、裁判所においては右処分が新憲法に違反するや否やを判断するの余地なきものであり、従つて右処分の無効を主張するがための前提として主張されている保険業法一〇条三項が新憲法に違反するや否やの判断も、またこれをする余地なきものであるとの意見がある。若しこの見解に立つとすれば、本判決理由中、上告理由第六点後段に対する説示は、その趣旨においてなしうるであろう。しかし、わたくしは、次に述べるごとく、この見解を是認し得ず、右本判決理由中の説示が、一応新憲法二九条違反を主張する論旨を取り上げつつ、前提を欠く主張であるとしてこれを排斥したことは正当であると考えるのである。

思うに、行政処分がなされた場合において、その処分の効力により発生した法律上の効果を存続しており、そしてその効果を存続せしめることが、当該行政処分の目的内容となつているものについては、右効果の存続のため違法に権利利益を侵害されたとしてその救済を求めようとする者は、当該行政処分の根拠となつた法律ないしこれに基く右処分の無効を主張し、または右処分の取消を訴求しうる場合においてはその取消を求めると共に、その無効なることまたは取消されることを前提として現に存続する右効果の排除を訴求することができるものと解するを相当とし、その限度においては当該行政処分は存在し、争訟の客体となりうるものというべきである。そして裁判所が、行政処分の瑕疵を判断するにつき処分時法によるべきか、裁判時法によるべきかは、当該行政訴訟における請求の目的、当事者が違法なりとして攻撃する法律関係の性質、当該行政処分の根拠となつた法条の趣旨等を勘案して、決定すべきものと思うが、上述のように請求の目的が、当該行政処分によつて発生、存続する法律上の効果の排除に存する場合においては、その行政処分が違法なりや否やは、結局右発生、存続する法律上の効果との関連において問題とせられるものであるから、その判断は原則として裁判時法を基準としてなすべきものと考える。本件においては、既存の保険契約の契約者は、本件主務大臣の処分により発生、存続する法律上の結果として、その意に反して、増額された保険料を毎年保険料納付期日に保険会社に払込むべき義務を負担することとなつたのであつて、右主務大臣の処分は、そのような法律上の結果の発生、存続を目的としてなされたものであるから、その効果が存続する以上、右主務大臣の処分によつて権利利益を侵害されたとして、その救済を求める者は、右処分の根拠たる保険業法一〇条三項の違憲無効を前提として右処分の無効を主張し、または右処分の取消を求めると共に、その処分によつて発生、存続する法律上の効果たる増額分保険料債務の排除を請求しうべきであり、この場合においては裁判所は裁判時法を基準としてその判断をなすべきであると解するのである。従つて、既に本件主務大臣の処分はその効果を発生し、その効果は単なる私法上の債権債務関係に転化、確定したものであつて、行政処分としては既に完了したものであるから、裁判時法を基準として右処分の瑕疵の存否を判断することはできないと論じ去るべきではないと考える。(なお、行政処分の違法の判断を処分時法を基準としてなすべきであるとの当裁判所の判例もあるが、本件とは事案を異にするものであつて、本件につき前記のごとく解したからといつて、右判例に矛盾するものとは思われない。)

二、ところで本件主務大臣の処分は、旧憲法下においてなされたものである。そして旧憲法下においては法律の違憲であるかどうかの実質的審査権は裁判所に属しておらず、新憲法施行後においても旧憲法下に発せられた法律が旧憲法に反するかどうかの実質的審査権は裁判所に認められていないと解すべきこと、本件判決理由中上告理由第六点に対する説示前半に述べられたとおりであると考えるから、裁判所は保険業法一〇条三項が旧憲法との関係において違憲無効であるか否かを判断し、これを前提として本件主務大臣の処分が無効であるかどうか、及び右処分により発生、存続する法律上の効果で旧憲法下に属するものが違法であるかどうかを裁判することはできないといわなければならない。しかしながら、右法律上の効果が新憲法施行後もなお存続している以上は、裁判所は、その根拠法律たる保険業法一〇条三項が新憲法に違反するか否かを判断し、これを前提として本件主務大臣の処分が違法であるかどうか及びその処分の効力として発生、存続する法律上の効果で新憲法施行後に属するものが違法であるかどうかを、裁判時法を基準として当然判断することができると思う。仮に本件主務大臣の処分が、新憲法施行後になされたものであつたとすれば、右処分によつて既存契約の保険料の増額を強制せられた保険契約者で、その違法を主張し、これが救済を求めようとする者は、右処分の根拠となつた保険業法一〇条三項の違憲無効と、これに基づく主務大臣の処分の無効を主張し、またはその取消を求め、これを前提として右増額分保険料債務の排除を裁判所に請求しうることは当然であろう。本件において、保険契約者が保険会社に対し、既存の契約につき増額分保険料を納付すべき義務を負担するという私法上の法律関係だけを見れば、それ自体は直接新憲法と相容れないものではないとしても、問題はその点ではなく、本件主務大臣の処分により、保険契約者がその意に反して増額分保険料を保険会社に納付すべきこととせられる点が新憲法上適憲かどうかということが重点なのであつて、既に述べたように右主務大臣の処分は、これにより発生、存続する法律上の効果を争う限度においては存在し争訟の客体となりうるものであるから、右処分が上記のような法律上の効果を発生、存続せしめうるか否かを、裁判所は新憲法に照らし判断しうるものであるといわなければならない。たまたま主務大臣の処分が、旧憲法下になされたものであるからといつて、それがためにその処分の効力として発生、存続する法律上の効果で新憲法施行後に属するものについてまで、すべて裁判所においてその違法を争い得ないものと解することは、国民の裁判請求権を不当に剥奪することにもなり、賛同しえないのである。

三、以上は、本件主務大臣の処分が旧憲法下においてなされたものであるからといつて、その根拠となつた保険業法一〇条三項または右主務大臣の処分が新憲法違反であるか否かを裁判所において判断する余地がないものとは解せられない所以を述べたのであるが、本判決理由中上告理由第六点に対する説示後段は、所論新憲法二九条違反の主張は前提を欠くものであるとして排斥したに止まり、前記法条及び主務大臣の処分が新憲法に違反するか否かの点については、実質的な判断を示していない。しかし、わたくしは、上告理由第六点後段に対する判示としては、これをもつて足りるものと考える。何となれば、上告人は、一、二審では専ら、保険業法一〇条三項が既存契約の保険料の増額の限度を何ら規定することなく、主務大臣に任意の処分をなしうることを認めた点において、同条項を違憲とする主張するに止まり、原審の引用是認した第一審判決も、その点につき判断を与えたものであり、そして上告理由第六点も、その文言多岐にわたるが、結局論旨引用の原審の右判断を攻撃して、右一〇条三項が、増額の限度が客観的に定まりうるような要件を規定することなく、主務大臣が随意に一方的に既存契約の保険料を増額しうることを定めているものである点の違憲を主張するに帰し、右法条に増額の限度を定める客観的要件が規定してあると否とに拘らず、およそ一方的に既存契約の保険料を増額しうるような権限を主務大臣に附与する点を違憲であるとする、原審において主張、判断のない事項を当審において新らたに主張する趣旨のものではないと解するを相当とするからである。

従つて、右の点につき本件判決が実質的な判断を示さなかつたことは当然と考えるが、傍論として念の為、この点につき私見を附加する。わたくしは、右法条の立法趣旨及び保険契約関係の特質が本件判決理由に示されたごときものであり、そして国民各階層の者が多数加入し、損害事故発生に対して相互に保険しあつて、日常の社会生活の安定を期している本件のような保険契約関係の実態に鑑みれば、保険事業の維持経営の破たんを救う途が保険料の増額以外には存在しないと認められ、若しそれをしないがため、保険経済の破たんを来たし保険金の受領さえ不可能な状態になるというような場合においては、その限度において、主務大臣がおよそ一方的に既存契約の保険料を増額しうる権限を有するものであるとしても、公共の福祉の要請からいつて保険業法一〇条三項をもつて、新憲法二九条に違反するものとは断じえないと考える。(新憲法二九条においては、財産権の侵害については正当の補償が問題となるけれども、前記のごとく、保険料の増額をしなければ、保険金の受領さえ不可能となるような場合であるとすれば、結局において、保険料の増額によつても、正当な補償に値する損失はないことに帰し、正当の補償を問題とする余地はないであろう。)ただ、本件のような事態は、終戦後のわが国の異常な経済状態に起因した稀有の事柄であつて、右一〇条三項が本件におけるごとく適用せられるようなことは将来容易に想像しえないところであり、右法条が上述の意味において違憲でないからといつて、その実際の適用は、慎重の上にも慎重が要求せられるものであることは当然といわなければなるまい。

裁判官奥野健一の補足意見は次のとおりである。

旧憲法二七条二項は、公益のため必要ある場合、法律により財産権を侵すことを認めているのであつて、法一〇条三項の立法趣旨および内容が多数意見判示のとおりでありとすれば、右一〇条三項は旧憲法二七条二項に該当する法律であると解し得るから、旧憲法下においては、法一〇条二項は何ら旧憲法に違反するものでなく、これに基いて旧憲法下においてなした本件主務大臣の処分も何ら旧憲法に違反するものでない。(なお、多数意見は「法律が旧憲法に違反するか否かの実質的審査権は旧憲法においては、裁判所に属していなかつたものと解せられ、新憲法施行後においても、旧憲法下に発せられた法律が旧憲法に反するか否かを実質的に審査する権限は、憲法八一条によつても、裁判所に認められていないと解すべきである。それ故法一〇条三項が旧憲法に違反するとの所論については、当裁判所は判断を与えない。」と判示しているが、旧憲法下においては、裁判所にかかる権限が認められなかつたとしても、新憲法下にあつては、裁判所は、広く法律の有効無効を決定する実質的審査権が与えられたものと解すべきである。すなわち、新憲法八一条にいわゆる「憲法」とは「日本国憲法」を指称するものとしても、同条は、広く裁判所に、法律命令等が、更に、高次の法規範に適合するかしないかの実質的審査権を与えたものと解すべきであるから、若し旧憲法下に発せられた法律に基く法律関係が現に訴訟の対象となり、その前提として、旧憲法下の法律が旧憲法に適合するか否かが争となつた場合、新憲法下の裁判所は、その法律が旧憲法に適合するかしないかを判断する権限を有するものと解すべきである。)

前述のように、法一〇条三項が旧憲法に違反するものでなく、これに基き旧憲法下においてなした本件主務大臣の処分は有効であるから、右有効な行政処分により既に有効に形成された法律効果たる本件保険料の増額は、新憲法下においても有効に残存するものと解すべきである。けだし、行為当時適法な法律に基き有効に形成された法律関係は、新憲法が特に、その法律関係の存在を否定するもの(例えば、特権を伴う栄典、憲法八九条に反する公の財産の利用供与など)でない限り、新憲法下において、これが消滅すべき理由がないからである。然らば、本件確認の訴の対象となつている保険料債務増額の支払の時期が、新旧両憲法に跨つていても、その発生の原因となつた本件処分が処分時(旧憲法時)において有効であること前示のとおりである以上本件において、新憲法時における右法一〇条三項の新憲法に違反するや否やの判断をする必要がない。従つて、論旨は採用し難い。

(上告論旨は、法一〇条三項が苟も既存の契約につき保険料を一方的に増加する権限を主務大臣に附与する趣旨を含むものとすれば、同項は新憲法二九条に反し無効であると主張するものと解するから、多数意見の説示は十分でないと思料す。)

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介 裁判官 入江俊郎 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奥野健一)

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